この人が語る 私の愛する画家(4) 「姜尚中 私とデューラー」

1979年、姜尚中さんは、政治思想史を志して西ドイツに留学した。しかし実は、この留学は国外脱出のようなものだった。当時の姜さんは、日本での展望もなく、自分は一体何者で、どう生きていったらいいのか、立つべき拠り所を失っていたという。 そんな若き姜さんの思い出の中に、決定的な役割を果たす一枚の絵がある。ギリシャ人の友人に連れられて、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークに行ったときのこと。ある展示室に足を踏みいれた途端、「ほの暗いなかに、そこだけ訴えるような、見えない電磁波みたいなものを感じた」。それがデューラーの『1500年の自画像』だった。 粛々として、慎ましやかな顔。懐疑のない、清澄なまなざし。『1500年の自画像』は、ひとつの信念に到達した人間の心境を、問わず語りに伝えてくるようだった。「デューラーは自分を見出した。その目には世界が見えている。だから、僕の魂も彼によって見透かされている。デューラーの自画像を通して、今の自分の自画像を問われているようだった。」 思えば、『1500年の自画像』を描いたときデューラーは28歳、それに出会ったときの姜さんもほぼ同い年だった。自分の正体が何であるか、自分は何を天職として生きていくのか。姜さんは、デューラーの自画像と出会ったことで、自らの生き方を見出していく。 デューラーが生きた時代、ヨーロッパは内戦状態といっていい混沌の中にあった。不安と不信が満ち溢れる世界で、自分を見失わなかったデューラーのように、どんなに暗い時代でも、最後まで希望と信仰を失わない健全な人間でいることは可能なのではないか。 先の見えない状況の中で、人間はどのように自己を律し、他に働きかけることが出来るのか。姜さんの今日の生き方の源泉こそ、この500年前に描かれた自画像だった。人生の指針を決定した一枚の絵を通して語られる、気鋭の政治学者の、半自叙伝。

姜尚中さん(政治学者・東京大学大学院教授)

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