絵は人柄である ~山﨑種二と日本画の巨匠たち~

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山種美術館の40周年記念展には、速水御舟の「炎舞」(重要文化財)、竹内栖鳳の「班猫」(重要文化財)など、近代日本画の力作・傑作がずらりと並ぶ。
1800点のコレクションの基礎を築いたのは、初代館長の山﨑種二。山種証券(現SMBCフレンド証券)の創業者で「相場の神様」とうたわれた実業家だ。深川の米問屋に住み込みで修業した後、独立して床の間付きの家を構えたとき、古画の掛け軸を買う。しかし、それが贋物だったと分かり、以後現代作家の描いた新画、つまり出所がはっきりしている作品の収集に向かう。
「絵の値打ちは作者である画家の人柄に負うところ大だ。私はつとめて画家にお目にかかり、おつきあいを頂きながらその作品を買っていった」というとおり、綺羅星のごとき画家たちとの親交を重ね、パトロンになった。
とくに奥村土牛の才能を早くから見出し、勇気付けたエピソードは有名。また、終戦直後は画家たちに食料の提供を惜しまず、横山大観の窮状を救ったこともある。
その大観にあるとき「金儲けも結構だが、このへんで一つ世の中のためになることもやっておいたらどうですか」といわれたのがきっかけで、昭和41年美術館を開設することになる。
山種美術館の歴史は、近代日本画の同時代史であり、画家とパトロンの生々しい交渉の証言史でもある。名品を鑑賞しながら、作品の誕生秘話を紐解き、パトロンと画家の交流を辿っていく。

山下裕二さん(明治学院大学教授)

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