「生涯 富士を彫る ~版画家・萩原英雄~」

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富士山を描いた版画家といえば、葛飾北斎を思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、その約150年後、北斎に挑むかのように36枚の版画シリーズ「三十六富士」を完成させた木版画家がいた。萩原英雄(はぎわらひでお 1913~2007)。ともすれば雄大で荘厳に描かれがちな富士山とは対照的に、千変万化の富士の四季を色彩豊かに描いた。驚くのは、実に25年をかけて富士山に挑んだこと。40代ですでに異色の抽象版画家として世界的に評価されていたが、ある時期を境に、ひたすら富士山に向かうようになる。
なぜ萩原は富士山を描くようになったのか?なぜ25年もの歳月が必要だったのか?
萩原は言う。「富士山は欠点のない美女のような山。欠点のない美女というのは、とても絵にはしにくい」。山梨県甲府市出身の萩原にとって、富士山は見慣れた山だった。だからこそ、ほかの芸術家とはひと味違う富士山の描き方を追究しなければならなかった。
番組では、生前の萩原と親交のあった歌手のジュディ・オングさんの証言をもとに、萩原の素顔に迫る。さらに、萩原のもとで版画制作に携わった息子・襄さんによる作品の再現を取材。「近代木版画の祖」と称された萩原の技術の奥深さを読み解く。
出演
向山富士雄さん(山梨県立美術館 学芸課課長)
ジュディ・オングさん(歌手、版画家)

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